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東京地方裁判所 平成9年(行ウ)102号 判決 1998年5月29日

東京都文京区湯島三丁目二九番二号

原告

大倉興業株式会社

右代表者代表取締役

大倉京斗

右訴訟代理人弁護士

佐野榮三郎

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

右指定代理人

松原行宏

矢吹日出男

石黒邦夫

吉野隆司

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、六七四万一〇四七円及びこれに対する平成二年一〇月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告において原告代表者に対し無利息で金銭を提供したことが、経済的利益の供与による役員報酬の支給に当たるとして、所轄税務署長が、原告に対し、昭和六〇年一〇月分ないし平成元年一二月分の原告代表者の給与所得に係る源泉徴収による所得税(以下「源泉所得税」という。)の納税告知処分及び重加算税賦課決定処分をしたため、原告が、これに従って源泉所得税本税、重加算税及び延滞税を納付したが、その後に至って、右納付した税額のうち昭和六三年一〇月分ないし平成元年一二月分(以下「本件係争各月分」という。)に係る部分は、本来原告において納付すべき義務がなかったものであり、被告はこれを不当に利得しているとして、不当利得返還請求権に基づき、被告に対し、その返還を求めている事案である。

一  関係法令の定め等

1  無利息での金銭の提供と給与所得

所得税法(以下「法」という。)において、給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下「給与等」という。)に係る所得をいうものである(法二八条一項)。

法においては、各種所得の金額の計算上、金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額をもって収入すべき金額とするものとされているところ(法三六条一項)、課税実務においては、役員が法人から無利息で金銭の提供を受けた場合、これにより、当該役員に対し、通常の利率により計算した利息の額に相当する報酬(給与)の支給があったものとして取り扱っている(法基本通達三六-一五の(3)、法人税法基本通達九-二-一〇の(7)、九-二-一六の(2)参照)。

2  給与所得に係る源泉徴収

居住者に対し国内において給与等の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月一〇日までにこれを国に納付しなければならない(法一八三条一項)。

税務署長は、法定の納期限までに納付されなかった源泉所得税を徴収しようとするときは、政令で定めるところにより、納付すべき税額、納期限及び納付場所を記載した納税告知書を送達して、納税の告知をしなければならない(国税通則法(以下「通則法」という。)三六条一項二号、同条二項本文)。

3  還付金等の消滅時効

国税局長、税務署長又は税関長は、還付金又は国税に係る過誤納金(以下「還付金等」という。)があるときは、遅滞なく、金銭で還付しなければならない(通則法五六条一項)。還付金等に係る国に対する請求権は、その請求をすることができる日から五年間行使しないことによって、時効により消滅するものである(通則法七四条一項)。

二  前提となる事実

(以下の事実のうち、証拠を掲記したもの以外は、当事者間に争いがない事実である。)

1  当事者

原告は、ホテル事業等を営む会社である。

2  納税告知処分等に係る事実経過

(一) 東京国税局査察第二七部門(以下「査察部」という。)は、平成元年四月二七日、原告に対する強制調査を実施したところ、原告が昭和五八年一〇月一日から昭和五九年九月三〇日までの事業年度(以下「昭和五九年九月期」といい、原告の他の事業年度についても同様に略記する。)ないし昭和六三年九月期において、ホテル事業の売上金額の一部を除外しており、また、その除外資金の大半が、原告代表者である大倉京斗(以下「大倉」という。)のゴルフ費用、大倉の韓国在住の親族に対する援助金及び大倉個人が昭和六二年一一月一〇日に取得した日本電信電話株式会社の株式一〇〇株(以下「本件株式」という。)の取得資金として株式会社つくば商事から借り入れた二億六二五〇万円(以下「本件借入金」という。)に係る支払利息(以下「本件支払利息」という。)など、大倉個人が負担すべき費用(以下「大倉個人費用」という。)に充てられていると認められたことから、原告の簿外費用については原告の損金に算入し、大倉個人費用については、大倉に対する認定賞与として処理する方針を立て、原告に右方針について説明し、法人税の修正申告をしょうようした。

(二) 原告は、右査察部の修正申告のしょうよう及び認定賞与に係る指摘に対し、大倉個人費用を認定賞与とされた場合には、これに係る源泉所得税の負担が多額になることから、大倉個人費用を原告の大倉に対する貸付金として処理してほしい旨査察部に要請した。

(三) 査察部は、原告の右要請を受け入れ、原告に大倉個人費用を貸付金とした場合に必要な修正申告書の記載内容を具体的に示すとともに、大倉個人費用を貸付金とするに際して、その旨の原告の取締役会の議事録及び大倉の原告あての金銭借用証書を併せて提出するよう指示した。

(四) しかし、原告は、本件株式の帰属を争い、本件株式は原告に帰属するとして、昭和六三年九月期に係る本件支払利息一二七一万〇四二四円につき、査察部が示した修正申告書の記載案にはそのまま従わず、これを原告の同期の損金の額に算入した上で、本郷税務署長に対し修正申告書を提出し、本件支払利息以外の大倉個人費用についてのみ、平成二年五月一六日付けの取締役会議事録及び同日付けの大倉の原告あての金銭借用証書(以下、右議事録と併せて「本件借用証書等」という。)を提出した。

(五) 本郷税務署長は、査察部からの連絡内容や送付された調査資料を検討した結果、本件株式及び本件借入金がいずれも大倉個人に帰属するものであり、本件支払利息は大倉個人が負担すべきものであって、原告の損金に算入できないものであると判断し、本件支払利息の処理については、査察部と原告との修正申告書提出前の交渉において、原告自身が大倉個人費用を貸付金として処理することを望んでいたことを考慮し、本件支払利息の支払を原告の大倉に対する貸付金として処理するのが相当であるとの結論に達して、平成二年九月二九日付けで、原告に対し、本件支払利息の損金算入を否認する昭和六三年九月期の法人税の更正処分(以下「昭和六三年九月期法人税更正処分」という。)をするとともに、昭和六〇年一〇月分ないし平成元年一二月分の原告の給与所得に係る源泉所得税について、納税告知処分(以下「本件告知処分」という。)及び重加算税賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件告知処分と併せて「本件告知処分等」という。)をした。

(六) 原告は、平成二年一〇月一一日、本件告知処分等に係る源泉所得税本税一二〇一万〇六四三円及び重加算税四〇九万八五〇〇円並びに右本税に係る通則法六〇条所定の延滞税を納付した(甲二ないし四)。

なお、右納付税額のうち、原告が本訴において返還を求めている昭和六三年一〇月分ないし平成元年一二月分(本件係争各月分)に係る部分は、源泉所得税本税四六九万三三四七円(以下「本件源泉所得税本税」という。)、重加算税一六〇万三〇〇〇円(以下「本件重加算税」という。)及び延滞税四四万四七〇〇円(以下「本件延滞税」という。)の合計六七四万一〇四七円である(以下、本件源泉所得税本税、本件重加算税及び本件延滞税を併せて「本件源泉所得税」という。)。

(七) 原告は、平成二年一一月一九日、昭和六三年九月期法人税更正処分を不服として、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、本件告知処分等に対しては不服申立てをしなかった。

なお、昭和六三年九月期法人税更正処分に対する審査請求は、平成四年一一月二五日付けで棄却され、原告は、当庁に右更正処分の取消しを求める訴え(当庁平成五年(行ウ)第二〇号事件)を提起した。しかし、右事件については、平成六年二月二二日、請求棄却の判決があり、原告は、これを不服として、東京高等裁判所に控訴の申立て(同庁平成六年(行コ)第四二号事件)をしたが、同年一〇月二七日、控訴棄却の判決があり、右請求棄却の判決が確定した。

3  本件源泉所得税の計算根拠等

(一) 本郷税務署長が本件告知処分等をするに当たって認定した本件係争各月分における原告の大倉に対する報酬額並びにこれに係る源泉所得税本税、重加算税及び延滞税の税額は、別表の「原告が返還を求めている源泉所得税額等」欄記載のとおりであり、その計算根拠は次のとおりである。

(1) 本件借用証書等に記載された原告の大倉に対する貸付金(以下「本件貸付金」という。)の金額一億五三一二万一六七一円と本件支払利息の金額一二七一万〇四二四円の合計額である一億六五八三万二〇九五円を昭和六三年九月期末(昭和六三年九月三〇日)現在の総貸付金額とし、これに本件貸付金の金利(年五・五パーセント)を乗じて一年間の利息相当額九一二万〇七六五円を算出した上、これを一二分して一か月当たりの利息相当額七六万〇〇六三円(ただし、平成元年四月分ないし同年一二月分については七六万〇〇六四円)を算出し、これをもって原告の大倉に対する一か月当たりの経済的利益の供与による報酬額とした。

(2) 右(1)記載の一か月当たりの報酬額を基に、本件係争各月分のうち昭和六三年一〇月分ないし同年一二月分については、昭和六三年分の所得税の臨時特例に関する法律(昭和六三年法律第八五号)五条に基づき、その余の各月分については法一八五条に基づいて、右報酬に係る源泉所得税本税額を別表の<2>欄記載のとおり算出した。

(3) 右(2)記載の本件係争各月分の源泉所得税本税額を基に、通則法六八条三項、一一八条三項及び一一九条四項に基づいて、本件係争各月分の重加算税額を別表の<3>欄記載のとおり算出した。

(4) 同様に、前記(2)記載の本件係争各月分の源泉所得税本税額を基に、通則法六〇条二項、一一八条三項及び一一九条四項に基づいて、本件係争各月分の延滞税額を別表の<4>欄記載のとおり算出した。

(二) 前記(一)(1)記載の本件係争各月分の報酬額算定の根拠となる事実のうち、昭和六三年九月三〇日現在において、原告の大倉に対する一億五三一二万一六七一円の本件貸付金が存在したこと、本件貸付金について年五・五パーセントの利息を支払う約定があったが、大倉が右利息の支払をしていなかったこと、及び右の未払利息に相当する金額が大倉に対する役員報酬(給与)とみなされるべきものであることは、当事者間に争いがない。

また、前記(一)(1)記載のとおり、本郷税務署長は、本件係争各月分の報酬額を算定するに当たって、本件支払利息を原告の大倉に対する貸付金として取り扱っているが、被告は、平成一〇年一月二二日の本件第五回口頭弁論期日において、従前の主張を撤回し、本件支払利息が原告の大倉に対する貸付金とはならないことを認めるに至った(記録上明らかである。)。

三  争点及び争点に関する当事者の主張

1  本件源泉所得税に係る不当利得の有無(争点1)

(原告の主張)

本郷税務署長は、原告の昭和六〇年九月期ないし昭和六三年九月期の四事業年度の法人税の修正申告及び昭和六三年九月期法人税更正処分に基づき、原告から大倉に対し無利息での金銭の提供という経済的利益の供与による役員報酬の支給があったものと認定し、本件告知処分等を行ったものである。したがって、本来、その役員報酬に係る源泉所得税の納税告知及び重加算税の賦課決定は、右更正処分等により役員報酬の支給が認定された昭和六三年九月三〇日までの分に限られるべきものである。

しかるに、本郷税務署長は、役員報酬の支給について何らの認定もされていない本件係争各月分について源泉所得税の納税告知及び重加算税の賦課決定をしたものであって、本件告知処分等のうち本件係争各月分に係る部分は違法かつ無効な処分であり、これに基づき納付された本件源泉所得税は、不当利得として原告に返還されるべきである。

(被告の主張)

(一) 本件源泉所得税は、<1>原告の提出した本件借用証書等に基づく部分(別表の「本件貸付金に係る部分」欄参照)と<2>本郷税務署長が本件支払利息一二七一万〇四二四円を原告の大倉に対する貸付金と認定したことに基づく部分(別表の「本件支払利息に係る部分」欄参照)から成るが、このうち右<1>の部分は、原告においてその根拠となる事実を認めているところであり、右部分が被告の不当利得とならないことは明らかである。

(二) 加算税の税額確定方式は賦課課税方式とされているから(通則法一六条二項)、加算税賦課決定処分が当然無効かあるいは取り消されるなどした場合でなければ、右処分に基づき納付した加算税の返還を求めることはできないところ、本件賦課決定処分に重大かつ明白な瑕疵はないから、右処分が当然無効ということはできず、右処分が取り消されるなどした事実もないから、原告は、本件賦課決定処分に基づいて納付した本件重加算税の返還を求めることはできない。

(三) なお、源泉所得税の納税告知処分と法人税の更正処分は、別個の法律上の根拠に基づく独立した処分であって、仮に源泉所得税及び法人税に係る調査が同時に行われ、それぞれに係る処分が同時に行われていたとしても、課税庁は、各処分ごとにそれぞれの課税要件を認定して行うものである。原告が主張するように、納税告知処分は、法人税の調査あるいは更正処分と連動して行わなければならないとする法的根拠は何ら存しないのであって、本件告知処分等を無効とすべき理由のないことは明らかである。

2  本件源泉所得税に係る不当利得返還請求権の消滅時効の成否(争点2)

(被告の主張)

租税の不当利得返還請求権、すなわち、過誤納金還付請求権の消滅時効については民法一六七条の規定の適用が排除され、専ら通則法七四条一項が適用されるものと解すべきところ、本件源泉所得税に係る過誤納金還付請求権については、以下のとおり、いずれも右規定による五年間の消滅時効が完成したものである。

(一) 本件源泉所得税本税について

源泉所得税(本税)は、納税義務の成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する国税であるから(通則法一五条三項二号)、納税義務がないにもかかわらずこれを納付した場合には、納付後直ちにその返還を請求することができるものである。

したがって、本件源泉所得税本税に係る過誤納金還付請求権が発生したとしても、右請求権は、本件源泉所得税本税の納付日である平成二年一〇月一一日から五年を経過した日である平成七年一〇月一二日をもって時効により消滅した。

(二) 本件重加算税について

仮に本件賦課決定処分に重大かつ明白な瑕疵が存在し、これが無効とされる場合には、本件重加算税は誤納金となるものであるが、この場合においては、原告は、本件重加算税の納付の時から直ちにその返還を請求することができるものである。

したがって、本件重加算税に係る過誤納金還付請求権が発生したとしても、右請求権は、本件重加算税の納付日である平成二年一〇月一一日から五年を経過した日である平成七年一〇月一二日をもって時効により消滅した。

(三) 本件延滞税について

延滞税は、法定の納期限までに納税しなかった場合に納税義務が成立し(通則法六〇条)、納税義務の成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する国税であるから(同法一五条三項七号)、納税義務がないにもかかわらずこれを納付した場合には、納付後直ちにその返還を請求することができるものである。

したがって、本件延滞税に係る過誤納金還付請求権が発生したとしても、右請求権は、本件延滞税の納付日である平成二年一〇月一一日から五年を経過した日である平成七年一〇月一二日をもって時効により消滅した。

(原告の主張)

(一) 原告の本件請求は、民法七〇三条に規定する不当利得返還請求権に基づくものであり、通則法七四条一項の還付金等の還付を求めるものではないから、右規定は適用にならず、その消滅時効の時効期間は、民法一六七条一項により一〇年間とされるべきものである。

したがって、本件源泉所得税に係る不当利得返還請求権について、右税を納付した翌日の平成二年一〇月一二日から時効が進行するものとしても、右請求権については、消滅時効は完成していない。

(二) 仮に本件源泉所得税に係る不当利得返還請求権について通則法七四条一項が適用になるとしても、以下のとおり、その時効の起算点は、本件源泉所得税の基礎となる原告の法人税の更正処分が取り消された時とすべきであって、本件においては、未だ右処分の取消しはされていないから五年間の消滅時効は完成していない。

(1) 事実経過

本郷税務署長は、本件係争各月を含む平成元年九月期及び平成二年九月期の事業年度の法人税について、原告が本件支払利息を損金に算入したこと等を否認して各更正処分(以下、それぞれ「平成元年九月期法人税更正処分」、「平成二年九月期法人税更正処分」という。)を行った。

原告は、通則法に従い、不服申立てを前置した上、東京地方裁判所に右各更正処分等の取消しを求める訴訟(同裁判所平成七年(行ウ)第五四号事件)を提起し、同裁判所は、平成九年一月二九日、本件支払利息は原告の大倉に対する貸付金とは認めることはできないとして、原告の請求を一部認容し、平成元年九月期法人税更正処分の一部を取り消した。

本郷税務署長は、右判決のうち敗訴部分を不服として、東京高等裁判所に控訴したが(同裁判所平成九年(行コ)第二二号事件)、同裁判所は、同年一一月二〇日、右控訴を棄却する旨の判決をした。しかし、本郷税務署長は、右判決を不服として上告中であり、右の一審判決は未だ確定していない。

(2) 平成元年九月期法人税更正処分及び平成二年九月期法人税更正処分は、本件源泉所得税と同一の課税要件にかかわるもので、本件源泉所得税の基礎となる処分というべきものであり、原告としては、右各更正処分が取り消されることにより初めて、本件源泉所得税につき納税義務がなかったことを確定的に知ることができ、本件源泉所得税の返還を現実に請求することが可能になるものである。

したがって、本件源泉所得税に係る不当利得返還請求権については、右各更正処分を取り消す判決が確定した日をもって、通則法七四条一項の「その請求をすることができる日」とすべきであり、本件においては右(1)記載のとおり、その取消判決が確定していないから、消滅時効は進行していないものというべきである。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件源泉所得税に係る不当利得の有無)について

1  国税として納付された金員について、それに対応する確定した租税債務が存在しない場合には、国は、これを保有すべき法律上の原因を欠くから、右金員は、公法上の不当利得に当たるものとして、納税者に返還されるべきものであり、通則法五六条一項にいう過誤納金は、このような場合に生ずる国の返還金をいうものである。

2  そこで、本件源泉所得税につき、これに対応する確定した租税債務が存在したか否かについて以下検討する。

(一) 本件源泉所得税本税について

前記第二の一2記載のとおり、居住者に対し国内において給与等の支払をする者は、その支払の際、その給与等について源泉所得税を徴収し、これを国に納付する義務を負うものである。

右の源泉所得税の納税義務は、給与等の支払の時に成立し(通則法一五条二項二号)、その成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定するものであるから(同条三項二号)、原告が納付した本件源泉所得税本税について、これに対応する確定した租税債務が存在したか否かは、給与等の支払という納税義務の成立要件に該当する事実があったか否かによって客観的に決定されるものである。

本件源泉所得税本税について、これをみれば、昭和六三年九月三〇日現在において、原告の大倉に対する一億五三一二万一六七一円の本件貸付金が存在したこと、本件貸付金について年五・五パーセントの利息を支払う約定があったが、大倉が右利息の支払をしていなかったこと、及び右の未払利息に相当する金額が大倉に対する役員報酬(給与)とみなされるべきものであることは、当事者間に争いがなく、右事実を前提とすれば、少なくとも、本件源泉所得税本税のうち本件貸付金に係る部分(別表の<6>欄記載の本税額)については、原告は、これを納付すべき義務を負っていたものというべきである。

他方、本件支払利息が原告の大倉に対する貸付金とならないことは当事者間に争いがないから、これを前提とすれば、本件源泉所得税本税のうち本件支払利息に係る部分(別表の<10>欄記載の本税額)については、原告は、これを納付すべき義務を負っていなかったものというべきである。

したがって、本件源泉所得税本税として納付された金員は、本件貸付金に係る部分に限り確定した租税債務が存在したものであり、本件支払利息に係る部分については、これに対応する確定した租税債務が存在しなかったものというべきである。

(二) 本件重加算税について

源泉所得税がその法定納期限までに完納されなかった場合には、税務署長は、その不納付につき正当な理由がある場合を除き、不納付加算税を徴収するものとされ(通則法六七条一項)、不納付が事実の隠ぺい又は仮装に基づいているときには、不納付加算税に代え、重加算税を徴収するものとされている(同法六八条三項)。

これらの加算税の納付すべき税額の確定手続は、賦課課税方式によるものであり、右の税額は、税務署長の賦課決定処分により確定するものである(同法一六条一項二号、二項二号)。そして、右の賦課決定処分は、源泉所得税の納税義務が存在することを前提としてそれが不納付の場合に附帯税としての加算税を課すものであるから、源泉所得税の納税義務がそもそも存在しないときは、その前提要件を欠くものとして、裁判所等の権限ある機関により取り消されるまでもなく当然に無効になるものと解するのが相当である。しかし、そのような特別の事情がなければ、右の賦課決定処分はその処分に重大明白な瑕疵があって当然に無効とされる場合を除き、いわゆる公定力を有し、裁判所等の権限ある機関により取り消されるまでは有効なものとして取り扱われるものであるから、これに基づいて納付された加算税については、たとえ、当該賦課決定処分に取消原因となる瑕疵がある場合であっても、それが裁判所等の権限ある機関により取り消されるまでは、これに対応する確定した租税債務が存在するものとして取り扱われるべきものである。

前記(一)で説示したとおり、本件源泉所得税本税のうち本件支払利息に係る部分については、原告はこれを納付すべき義務を負っていなかったというべきであるから、本件賦課決定処分のうち、本件支払利息に係る源泉所得税の不納付を理由としてされた部分は、その前提を欠き当然に無効というべきである。これに対し、本件源泉所得税本税のうち本件貸付金に係る部分については、原告はこれを納付する義務を負っていたものであり、また、本件賦課決定処分のうち、本件貸付金に係る源泉所得税の不納付を理由としてされた部分には、これを当然に無効とすべき重大明白な瑕疵は認められず、右処分が裁判所等の権限ある機関により取り消された事実も存しない。

そうすると、本件重加算税として納付された金員は、本件貸付金に係る源泉所得税の不納付を理由とする部分(別表の<7>欄記載の重加算税額)に限り確定した租税債務が存在したものであり、本件支払利息に係る源泉所得税の不納付を理由とする部分(別表の<11>欄記載の重加算税額)については、これに対応する確定した租税債務が存在しなかったものというべきである。

(三) 本件延滞税について

源泉所得税を法定納期限までに完納しないときは、納税者は未納税額を基礎として計算した所定の延滞税を納付しなければならないものである(通則法六〇条一項五号、同条二項、三項)。

右の延滞税は、その納税義務の成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定するものであるから(同法一五条三項七号)、原告が納付した本件延滞税について、これに対応する確定した租税債務が存在したか否かは、源泉所得税の不納付という納税義務の成立要件に該当する事実があったか否かによって客観的に決定されるものである。

本件延滞税について、これをみれば、前記(一)で認定、説示したとおり、本件源泉所得税本税のうち本件貸付金に係る部分については、原告はこれを納付すべき義務を負っていたものであり、原告は右本税額を法定納期限(各報酬の支給月の翌月一〇日)までに完納しなかったのであるから、原告は、右本税額に係る延滞税(別表の<8>欄記載の延滞税額)を納付すべき義務があったものであり、他方、本件源泉所得税本税のうち本件支払利息に係る部分については、原告はこれを納付すべき義務を負っていなかったのであるから、右の本税に係る延滞税(別表の<12>欄記載の延滞税額)の納税義務が生ずる余地はないものである。

したがって、本件延滞税として納付された金員は、本件貸付金に係る源泉所得税の不納付を理由とする部分に限り確定した租税債務が存在したものであり、本件支払利息に係る源泉所得税の不納付を理由とする部分については、これに対応する確定した租税債務は存在しなかったものというべきである。

3(一)  ところで、原告は、前記第二の三1(原告の主張)記載のとおり、源泉所得税の納税告知処分及び重加算税の賦課決定処分は法人税の更正処分と連動して行われなければならないところ、本郷税務署長は、法人税の更正処分により役員報酬の支給を認定しないまま本件係争各月分について右納税告知処分及び賦課決定処分をしたものであり、本件告知処分等のうち本件係争各月分に係る部分は違法かつ無効な処分であり、これに基づき納付された本件源泉所得税は、不当利得として原告に返還されるべきである旨主張する。

(二)  しかしながら、源泉所得税の納税告知処分及び重加算税の賦課決定処分と法人税の更正処分とは、別個の法律上の根拠に基づく独立した処分であって、これらが連動して行わなければならないとする法的根拠は何ら存しないというべきである。

のみならず、本件源泉所得税本税及び本件延滞税についていえば、これらが被告の不当利得となるか否かは、それぞれの納税義務の成立要件に該当する事実があったか否かによって客観的に決定されるものであり、税額を確定する課税処分たる性質を有しない本件告知処分の適否によって、右不当利得の有無が決定されるものではないから、本件告知処分が無効であることを理由として、これに基づいて納付された本件源泉所得税本税及び本件延滞税が被告の不当利得になるとする原告の主張は、この点においても失当な主張というべきである。

(三)  したがって、原告の前記主張は、いずれにしても、独自の見解というほかなく、採用することはできない。

4  以上のとおり、本件源泉所得税本税のうち本件支払利息に係る部分並びに本件重加算税及び本件延滞税のうちそれぞれ本件支払利息に係る源泉所得税の不納付を理由とする部分は、これに対応する確定した租税債務が存在しなかったものであるから、被告がこれを不当に利得しているものというべきであり、その余の本件源泉所得税については、これに対応する確定した租税債務が存在したから、被告に不当利得はないものというべきである。

二  争点2(本件源泉所得税に係る不当利得返還請求権の消滅時効の成否)について

1  前記一1で説示したとおり、通則法五六条一項にいう過誤納金とは、国税として納付された金員について、それに対応する確定した租税債務が存在しない場合に生ずる国の返還金をいうものであるから、不当利得を理由として本件源泉所得税の返還を求める原告の本件請求は、結局のところ、本件源泉所得税に係る過誤納金の還付請求権にほかならないものというべきである。

2(一)  通則法は、過誤納金について、民法の不当利得に関する規定と異なる規定を設けているが、これらの規定は、租税法律関係の特殊性にかんがみ特に設けられたものと解されるから、通則法は、過誤納金については、右各規定と抵触する民法の不当利得に関する規定の適用を排除する趣旨であると解するのが相当である。

したがって、過誤納金の還付請求権については、民法一六七条一項は適用にならず、専ら通則法七四条一項が適用になり、その請求権は、当該請求をすることができる日から五年間行使しないことによって時効により消滅するものというべきである。

(二)  この点につき、原告は、本件請求は、民法七〇三条に規定する不当利得返還請求権に基づくものであり、通則法七四条一項の還付金等の還付を求めるものではないから、右規定は適用にならず、その消滅時効の時効期間は、民法一六七条一項により一〇年間とされるべきである旨主張するが、本件請求が、本件源泉所得税に係る過誤納金の還付請求権にほかならないことは、前記1で説示したとおりであり、原告の右主張は、その前提を誤るものであって、採用することができない。

3(一)  前記一で認定、説示したとおり、本件源泉所得税本税のうち本件支払利息に係る部分並びに本件重加算税及び本件延滞税のうちそれぞれ本件支払利息に係る源泉所得税の不納付を理由とする部分は、これに対応する確定した租税債務が存在しなかったものであるが、源泉所得税本税及び延滞税は、納税義務の成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定するものであるから、納税義務がないにもかかわらずこれらが納付された場合には、納税者は納付後直ちに誤納金としてその還付を請求することができるものである。また、重加算税の賦課決定処分がその前提要件を欠き当然に無効である場合には、右処分に基づき納付された重加算税は納付義務なくして納付された誤納金ということになるから、納税者は右重加算税の納付の時からその返還を請求することができるものである。

したがって、本件源泉所得税本税のうち本件支払利息に係る部分並びに本件重加算税及び本件延滞税のうちそれぞれ本件支払利息に係る源泉所得税の不納付を理由とする部分の誤納金還付請求権ないしは不当利得返還請求権については、右各税が納付された平成二年一〇月一一日から通則法七四条一項の五年間の時効期間が進行するところ、本件訴えが提起されたのが平成九年四月一二日であることは記録上明らかであるから、右誤納金還付請求権ないしは不当利得返還請求権は、既に五年間の時効期間の経過により消滅したものというべきである。

(二)  原告は、この点に関し、原告としては本件源泉所得税と同一の課税要件にかかわる平成元年九月期法人税更正処分及び平成二年九月期法人税更正処分が取り消されることにより初めて、本件源泉所得税につき納税義務がなかったことを確定的に知ることができ、本件源泉所得税の返還を現実に請求することが可能になるのであるから、時効期間の起算点は、右各処分の取消判決が確定した時とすべきである旨主張するが、通則法七四条一項の「その請求をすることができる日」とは、当該請求をすることが法律上可能となる日をいうものであり、権利者が当該請求権の発生を確定的に知っていたか否かによって時効期間の起算点が左右されるものではないから、原告の右主張は採用することができない。

第四結論

よって、原告の本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青栁馨 裁判官 増田稔 裁判官 篠田賢治)

別表

<省略>

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